∽ 小説 浮き舟【天の章 File_01】
Scene_6 菊千代との出会い
《安らぎの霊気玉、ちゃんと届いたよ雪ちゃん…》
雪丸は“浮き舟”で聞いた声を何度も思い出していた。あれはマサシの声だったに違いない。あたしと入れ替わりにパンドラキューブに乗り込んだのだわ…。雪丸はそう思った。そのおかげで消去される寸前で、パンドラキューブから解放されたのだ。
雪丸はマサシの姿を思い浮かべながら、頭上の星を見ていた。満天の星を眺めながら霊体は海の中を漂っていた。ここが“精神の海”である事はすぐに分かった。星と言っても実際の星ではなく、中心の光るくらげのようなものが、エーテルの海を無数に漂っているのだ。雪丸はそれを“光の核(コア)”と呼んでいた。互いに連結し合った“光の核”がネットワークとなって、情報を伝達しあっている。それは光のイルミネーションのようだった。
《でもここは誰の精神世界なのかしら?…マサシ君の?》
そうであったなら嬉しかった。雪丸のその思考を察知してか、無数の光の粒が彼女の体に集まりだした。雪丸がそう思うだけで光の粒は一斉に動き出し、彼女をスキャンしはじめるのだ。
《また銀河鉄道に乗っていけるかしら…?》
雪丸は少しわくわくしていた。パンドラエッグに戻ることができれば、マサシを手助けすることも可能なのだ。パンドラキューブが危険な場所だという事は充分に分かった。だがパンドラエッグなら自分の記憶を保持したまま、浮き舟界の状況を把握できる。雪丸はそう思った。
雪丸の知っている浮き舟の精神構造は、簡単に説明すると四層になっていた。浅い日常の記憶が蓄積されている【精神の海】。いま自分のいる場所がそれだ。その先に【パンドラドーム】がある。そこは精神の海からの情報が全て集まる、いわばコントロールルームだ。そこでは光の人々、つまり“マンダラびと”達がクルーとなって、浮き舟を良好に保つ為に作業をしている。そこには幾重に束ねられたツルの柱が中央に生えていて、その先端に【パンドラエッグ】がある。パンドラエッグは自我と潜在意識の境界線のようなもので、浮き舟の意識が眠っている時、魂が戻れる場所だ。エッグの中央にも大樹が生えていて、三股に分かれたその幹の中央に【パンドラキューブ】が浮いている。起きている時は、そのクリスタルキューブに魂はログインし、“浮き舟界”に繋がる事になる。パンドラキューブとは言うならば、人間の“自我”あるいは“自我への入り口”に相当すると思っていい。他にもパンドラドームから遥か下界に広大な森のような樹があるのだが、雪丸はまだ行った事がなかった。雪丸にとってマンダラ界はまだまだ神秘に満ちていた。彼女はこれら“浮き舟の精神構造”を総称して【パンドラ】と呼ぶことにしていた。
《パンドラって、女王様みたいな名前ね…(笑)》
雪丸はそうつぶやくとクスクスと笑った。彼女は名前の付いていないものに、気に入った名前をつけるのが好きだった。雪丸と言う名前も自分でつけた。本名は忘れてしまったのだ。名前どころか本当は性別さえも分かっていなかった。自分の事を“あたし”と呼んではいるけれど、そう自称することが“なんとなく”自分にピッタリする。ただそれだけの理由なのである。霊眼のある人が雪丸を見たとすれば、たぶん少女を霊視するかもしれない。だがそれは雪丸の性別をみているのではなく、雪丸の“選んだイメージ”を観ているにすぎないのだ。
《ホタルさん、あたしをマサシ君のところへ連れて行ってちょうだい》
雪丸がそうつぶやいた。ホタルと言ったのは雪丸のイメージである。光の粒がホタルに似ていたので雪丸がそう呼んでいたのだ。スキャンが終わりネットワークにインする準備はできた。これから雪丸の霊体がデータ化され、クラゲの中心部に吸い込まれていくはすだった。
《あれ…どうしたのホタルさん?》
雪丸の期待とは裏腹に、光の粒が体から一斉に離れ始めた。以前はとても歓迎されていたのに、その反応がまったく返って来ない。それどころか光の核(コア)たちが、警戒するように点滅をし始めたのだ。
《このままだとまずいことになるね…》
雪丸の耳元で誰かが囁いた。
「え…誰?さっきのお姉さん…?」
雪丸は左耳に手を触れた。耳には女性からもらった黒いイヤリングがしてあった。もちろん霊的なものだ。
《うん、このイアリングは僕の霊体から作られているんだよ。だからこうして通信ができる。もっとも“浮き舟界の僕”に余裕があればの話だけどね…(笑》
菊千代は思念だけでそう囁いた。
「そう言えば、あなたの名前を聞いていなかったわ。私は雪丸っていうの、あなたは?」
雪丸は耳元を意識してそう言った。
《雪丸?なんだか男の子みたいな名前だね。うふふ…僕は菊千代、よろしくね》
「そういうあなただって自分のことを“僕”だなんて、男の子みたいだわ(笑」
雪丸はクスクスと笑い、耳元のイヤリングをそっとなでた。
《そうだったね。昔から自分のことを“僕”って呼ぶくせがあってね。習慣ってやつかな…(笑)
菊千代もつられてクスクスと笑った。だが本当のことを言えば、戸籍上の性別は女性ではなかった。かといって生物的な性が男かと言えば、それも正確ではなかった。ただ説明するのが面倒だったので、初対面の人には女性だと言うことで通していた。見た目はどうやっても女性にしか見えないし、その方が自然に思えたのだ。言葉遣いも必要に応じては女性言葉も使っているが、“インナートーク”が中性っぽい傾向にあるのはいたしかたなかった。
「ねぇ話を戻すけれど、何がまずいのかしら、このままだと…?」
雪丸は点滅しているコアたちを見ながら菊千代に聞いた。そうこうしている間に、先ほどのホタルたちが二人の目の前に集まって来て、一点に膨れ上がってゆく。
《このままだとパンドラに排除される可能性が高いってことかな。憑依霊は浮き舟にとっては異物…》
「あ…のォ…」
菊千代の話を聞きながら、雪丸の顔がみるみる引きつっていった。膨れ上がった光の粒が、目の前で赤黒い巨大な生き物に変化して行くのだ。それはまるで深海に住む魚のような生き物だった。大きく開いた巨大な口の前には提灯のような光が灯っている。彼は明らかに敵意をもっているようだった。
「菊千代…あたし達どうすれば…」
後ずさりながら雪丸が言った。
《雪丸にげて!…魚になった方が速いわ》
菊千代は雪丸の霊眼を通して状況を把握した。パンドラの命令を受けて、ホタルたちが変異し始めていたのだ。それは深海魚のアンコウに似た形状をしていた。さしずめ“精神の海”のお掃除屋さんといったところだろうか。
雪丸は菊千代から言われた通り、霊体を魚に変化させてみた。が、慌てていたせいか不格好な魚になってしまった。
《もっと素早そうな魚じゃないと…雪っち(笑》
菊千代は雪丸の魚を見てクスクス笑った。
「急に言われても魚なんて思いつかないわよぉ」
雪丸は必死で泳ぎながら言った。振り返る余裕など無かったが、黒い影がすっぽりと体を覆っているのが分かった。ふたりはすでに大きく開いたアンコウの口の中にいるのだ。雪丸は泣きそうになった。
「ねえ、菊っち、あたしたち食べられたらどうなるの?」
《たぶん、削除データ化されてゴミ箱いきかな…》
「ゴミ箱って…あたしたちが消えるってこと…?」
雪丸は怯えながら聞いた。アンコウの口が閉じると回りは真っ暗闇になってしまった。このまま胃袋に送られたら削除データ化されて消去されてしまう。
《僕にもその経験はないんだけれど、消えるのではなく再利用されるんじゃないかな。パンドラ組織の一部になるとでもいうか…》
「そんな…あたしがあたしでなくなるなんて嫌だよぅ…」
雪丸は暗闇の中でそうつぶやいた。
《心配しないで雪丸。僕に考えがあるから…》
菊千代が元気づけるように言った。暗闇の中でも雪丸の霊体はほのかに青白く光っていて、その光がかすかに辺りを照らしていた。雪丸の魚は喉元からツルリと飲み込まれ、食道を流れて深海魚の奥へ奥へと流されて行った。
「これからどうするの…?」
雪丸がドキドキして聞いた。流れに逆らってもみたが無駄のようだった。
《つまり…削除データの振りをするのさ》
菊千代はそう言うと、イアリングの形状を変化させ始めた。イアリングが金色の薄い膜のように広がり雪丸の霊体をスッポリと包み込む。雪丸が内側から見ると回りが黄金のように輝いて見えた。
アンコウの胃袋に入ると、胃の壁面から変異した黒い蟲がワラワラと這い出し、雪丸を覆い始めた。
「でも彼らはなんでこんなに敵意をもっているのかしら、さっきはあんなに歓迎してくれたのに…」
雪丸は気味悪げに言った。蟲たちが金色のベールを包み込み、それはしだいに繭のようになっていった。
《ここが誰の“浮き舟”なのかによるんじゃないかな…それは》
菊千代が金箔の状態で答えた。
「え…だってここはマサシ君の浮き舟じゃないの…?」
雪丸が言った。そして菊千代の言葉に急に不安になってきた。
繭のように集まった黒い蟲たちは、雪丸をザクザクと分断し、削除データのレッテルを貼り、再びアンコウの体内を流れ始めた。その状態でしばらくすると、雪丸は圧力のようなものを体に感じた。アンコウがクラゲの一つに接続し、そのお尻から削除データをネットワークに流しているのである。雪丸は自分の霊体が黒い霧となって、そこに吸い込まれてゆくのを感じていた。
《失礼しちゃうわ…》
雪丸がちょっと憤慨して言った。それは本当に汚物のようなイメージだったのだ。
《でも取りあえずは光のトンネルに入ることができたかしら…》
やや気を取り直して雪丸は言った。削除データであっても、コアからコアへと流れる感覚は変わらないのだ。やはり銀河鉄道に乗っているような気分だった。コアの持つ音色は前と変わらず、連続して聞いてみるとまるでメロディのように聞こえてくるのである。それぞれの記憶も走馬灯のように流れて行くのだ。コアを通過するたびにそこに含まれる記憶の映像が一瞬にして流れ込んで来る。
それは若い女性の記憶だった。お屋敷で働くメイドの姿である。屋敷と言ってもさほど大きくはなく、ちょっとした庭のある中規模な洋館であった。その家の奥様らしき女性が幼い子供の相手をしている。その傍らに新聞を読むご主人の姿。メイドは部屋を掃除しながら、その家族の姿をちらちらと眺めていた。
『大きな屋敷…やさしいご主人様…お金持ち…贅沢な食事…羨ましい…』
ダークイエローの霊気玉が沸々とわき出し、メイドの体をそのオーラで覆っていた。そして背後には影のように寄り添う黒い姿が映っていた。ダークイエローの霊気玉からメイドの心の声が聞こえて来る。
『この屋敷が欲しい…ご主人様が欲しい…社長夫人…手に入れてやる…きっと…』
メイドの女性はマサシの義母だった。これはマサシがまだ幼かった頃の由美江の記憶なのだ。
《ということは…ここは!》
雪丸が驚いたようにつぶやいた。
《どうやら雪っちはあの女の“浮き舟”に取り憑いたらしいね…》
疑問に答えるように菊千代が言った。
光の核を通過するたびに由美江の行動記録が展開されて行く。彼女の発する霊気玉に心の声が刻み込まれている。
『ネットの暗殺サイト…癌を誘発する薬…鬱にさせて行く薬…毒って面白い…』
『毒物が届いた…これを食事に…毎日少量づつ…奥様に…』
『奥様の容態…悪化している…面白い…毒って面白い…でも焦りは禁物…』
『奥様…とうとう寝たきりに…旦那様も塞ぎがち…そろそろ手を出そうかしら…』
次のコアに流れて行くと、由美江が新調したばかりのメイド服を試着していた。太股が露になるように短く仕立てたメイド服だ。その姿を扉の隙間から覗き見している主人。
『彼が見ている…旦那様が興奮している…もっと見せつけてやる…悶え苦しませてやる』
光のコアを通過するたびにその記憶は生々しさを増して行った。
由美江が風呂に入っている。メイドの脱いだ下着を密かに手に取るご主人。
『彼の視線を感じる…全身に感じる…香水を振りかけたショーツ…私の匂いを嗅いでいる…』
出かけようとする主人。玄関で由美江が見送る。主人が鞄に手を伸ばしたとき、メイドの胸元に手が触れる。はっとして顔を上げる主人。由美江がその手を取り胸元に押し付ける。悪戯っぽい由美江の笑み。
その日以来、メイドの行動は徐々に大胆になっていく。主人の入浴中に風呂場に入って行き、背中を流す振りをして体を愛撫する。肩にキスをし、男の一物を手でしごき射精させる。
「由美江君…もう我慢できない」
主人が興奮して言った。
「うふふ…ダメですよ。奥様がいらっしゃるのに。これはメイドのご奉仕だと思って下さいね」
由美江は主人の口説きに乗らずに決して体を許さなかった。主人は由美江の色香に翻弄され、やがて下僕のような存在になっていった。
《この家族は完全に寄生魔の支配下にあったんだね》
映像を見ながら菊千代が言った。
「寄生魔ってメイドさんの後ろに見えている黒い影のこと…?」
《そうだよ、雪っち。君にもあいつが見えるんだね…》
二人には肉眼では映らないものが“観え”ていた。寄生魔にも色々とあるのだが、よくあるタイプの寄生魔には爬虫類のようなものが多い。真っ黒な体は昆虫のようにツヤがあり、縦長の長い頭とトカゲのような尻尾が特徴である。偶然かもしれないが、ハリウッドの映画にもその形状を使ったモンスターが登場している。もしかしたらデザイナーは、寄生魔を霊視することが出来たのかも知れない。
「そっかぁ、妖魔なんて映画やゲームで出てくるだけの空想かと思っていたけど、実際にいるのね」
雪丸は驚いたように言った。
《そうだよ、妖怪や悪魔は住む世界が違うだけで空想の産物ではないんだよ》
菊千代は静かに言った。寄生魔は自分と波長の合う“浮き舟”を支配し、自分の卵を産みつけ、徐々にテリトリーを広げて行く。彼らは人間の色欲をうまく操るのが得意だ。マサシの父親も霊体にはびっしりと寄生魔の卵が産みつけられていた。その卵がふ化し、さらなる快楽を欲しがるのだ。
《先祖霊の加護が足りないんだな、この家系には…》
菊千代は思った。先祖をちゃんと供養している家には強い守護霊が付いている。そういう家には由美江のようなメイドは近寄ることができない。運良く入ってきても面接の段階で嫌がられ不採用になるのだ。
核(コア)がさらに進んで行き、やがてマサシの母親が他界する。その機会を待っていたとばかりに主人は由美江を妻にした。いっしょに住んでいたマサシの祖父と別居し、新居を構えたのはそれから二月後のことであった。その後の展開はマサシの浮き舟で雪丸が見た通りだった。
由美江は着実に家族を支配していった。祖父は先が短いので問題がない。由美江はそう思っていた。マサシの父親にも死んだ妻と同じ薬を飲ませ、徐々に弱らせて行く。あとは跡取りであるマサシを自閉症に追込み、後継者として不適格になればこの家の財産を独り占めできるのだ。
《もうじきすべて私の物になるわ…あの子さえいなくなれば》
由美江はベッドの上でそうつぶやいた。体の上でホストクラブで知り合った若い男が、貪るように乳房を愛撫している。留守中の情事はすでに日常茶飯事であった。酷い時にはマサシの前で男と重なり合った。マサシはそれにも反応を見せずに惚けたように空(くう)を見つめるだけだった。何があろうと物言わぬ子供。それはあたかも自分の作り上げた作品のようだと由美江は思っていた。
《マサシ君かわいそう…》
雪丸はマサシの過去の姿に深い同情を示した。
《うん、内側にいる神様が完全に閉じてしまっているね》
菊千代が言った。人はそれぞれ心の内側に神様を持っている。その神様はその人間と苦楽を共にしているのだ。だが悲しみがあまりにも強いとその神様は“心の岩戸”に隠れてしまうのだ。自閉症患者にはそのような状態の者も少なくはなかった。《しかし…》と菊千代は思った。車内で見たマサシは明らかにそれとは違っていたのだ。何か劇的な変化が彼の精神に起こったに違いなかった。
《雪丸、気をつけて…ゴミ箱に到着したみたいだよ》
菊千代が言った。やはりパンドラドームとは違う場所に連れて来られたようだった。
《ええ…分かったわ!》
雪丸がそう答えると黒い霧状の塊がトンネルの外へと放り出された。霧はすぐに固まりドロリとした塊が鈍い音を立てて地面に落ちた。表面に亀裂が入る。空豆の皮が剥けるように雪丸がツルリと姿を現すと、黄金のベールが辺りを明るく照らし出した。
「ここがゴミ箱なの…?うわー、臭い場所…」
雪丸は思わず鼻をつまんだ。霊体でも匂いは感じるのだ。だが細かく分断されていた体が、元通りに再生されているのを見て、雪丸は少しホッとしていた。
そこはぽっかりと開いた洞窟のような場所で、赤黒い地面はドロドロとしたヘドロ状だった。天井からは樹の根っこのようなものがびっしりと垂れ下がっている。だがそれは透明なクリスタルで出来ているようだった。
《この根っこはセフィロトの根っこだね。僕たちを樹の栄養にするつもりなんだ》
ここは第一霊体の胃に相当する場所だろうと菊千代は思った。第一霊体とは肉体に最も近い霊体のことだ。ここはほぼ肉体と同一と言ってもよく、霊体でありながらすべての臓器をその中に備えていた。
「栄養にされちゃうの!」
雪丸が驚いたように叫び、その根から離れようとした。
《ウフフフ、大丈夫だよ雪っち。さっきと同じ要領でやればいいのさ。それに触れてごらんよ》
菊千代がからかうように言った。
「え、ええ〜〜あたしはやーよぉ」
雪丸は首を横に振って拒んだ。
《じゃあ、僕が先にいくよ。後からついておいで…》
菊千代はそう言うと、雪丸から金色のベールがスルリと剥がれた。そのままクルクルと丸まると小さな人形のように変化した。
「わぁ、菊っちかわいい…(笑」
背中に羽の生えた小さな妖精を見て、雪丸は目をキラキラとさせた。菊千代は二度三度雪丸の回りを旋回し、それからクリスタル状の根っこに止まった。
「え、そこに触れたら栄養になっちゃうよぉ」
雪丸が声を上げた。みるみるうちに、菊千代の体がモザイクのように荒いドットに変化し、根に吸収されてゆく。
「ま、待ってよ。あたしも連れて行って…」
雪丸が消えかけた菊千代の体に触れた。すると、まわりの風景がユラリとぼやけ、意識に光のトンネルが現れ始める。
《ねえ、菊千代。あなたはなぜこんなことができるの…?》
雪丸は菊千代にそう問いかけた。だがその問いも答えも光に変換され、やがて根に吸い込まれて行った。